『対談:白川湊太郎×桃川涼太郎』

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大々的なタイトルですけどおとといの桃川先生が書かれた『水槽~詩がこぼれ落ちた~』に対する自分の理解が乏しく、内容に対する感想がほとんどかけなかったので、質問してきました。

白:「雨を飼う」という表現、僕には思いつきませんでした。どうやって考えたのですか?
桃:水槽というテーマに決まったときから、まずは「女の子に生き物を飼わせないこと」を決めました。その中でなくなるものが良かったので、雨かな、と。

白:えさに月を選ぶところもお洒落ですね。
桃:落ち葉にしようかとも考えましたが、水槽の中には何も入れたくなかったので。水面に映るものだと月になりましたね。

白:「何も入れたくない」というのは?
桃:水槽の中で余計な変化をさせたくなかったんです。雨が降ったりその水が流れてなくなったりするけど、小浮は何もしない受動的な人間でした。小浮には身寄りがありません。お茶屋さんに雇われ、来た客と会話をする。小浮が望む望まないに関係なく、行われているのです。

白:それが「わっちもこの雨とおなじでありんす」ということ。
桃:そうですね。このときには小浮は「金持ちの家に引き取られること」を知っていました。それも自分で決めたことではないんです。

白:小浮がいなくなった後には詩人が水槽を引き取り、生き物を飼っていますが。
桃:完璧にできたビオトープから、今まで自由に生きていたのに急に金持ちの家に引き取られて、社会に組み込まれていく小浮のことを思っています。

白:最初の詩は「書く」ですが、最後の詩は「描く」の文字を使っています。この違いは?
桃:この人は職業詩人なので仕事としては「書く」です。対して最後は自分や小浮のためだけに(イメージを)描いた、という感じですね。

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