『座右のニーチェ/齋藤孝』

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代表作『ツァラトゥストラ』を中心にニーチェの生きた言葉について、齋藤先生が解説してくれている。自分にとってゲーテは上達の師匠で、ニーチェは突破の師匠だ。

昨日は「あなたには存在感がない」「平凡だ」などと言われてタオルを叩きつけるほど怒っていた。平凡な自分にコンプレックスがあるためイライラしていたのかも知れないが、そのときに思い出した言葉がこれだ。

「まことに、人間は不潔な河流である。われわれは思いきってまず大河にならねばならぬ。汚れることなしに不潔な河流を嚥み込むことができるために」

もしも何か小言を言われても、それによって自分自身の精神面が汚れるべきではない。すべて呑み込んでやるぞ!という意気込みで生きたい。

もうひとつ
「いっさいの書かれたもののうち、わたしはただ、血を持って書かれたもののみを愛する。……血と寸鉄の言で書く者は、読まれることを欲しない。そらんじられることを欲する。」

“教養とは本をどれだけ読んでいるかということ以上に、どれだけ引用できるかということ。いくら膨大の量の書物を読んでいても何一つ引用できない人は、エネルギーを無駄に使っているとしか思えない”と齋藤先生も言っている。
今回のことで怒ってしまったけど、すぐに上の言葉を思い出すことができたので良かった。

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