教養レビュー

『座右のニーチェ/齋藤孝』を読んだ感想

代表作『ツァラトゥストラ』を中心に
ニーチェの生きた言葉について、
齋藤先生が解説してくれています。

自分にとって

ゲーテは上達の師匠で、ニーチェは突破の師匠

だと思っています

「いま、ここ」を生きる

この瞬間を見よ。……
この瞬間という門から、
一つの長い永劫の道がうしろに向かって走っている。
すなわち、われわれのうしろには一つの永劫があるのだ

「座右のニーチェ/齋藤孝」幻冬舎文庫

過去と未来とががっちり手を繋いで結んでいる地点が、現在である。(中略)
過去が現在の原因であるように、未来に何かが起こるには、今この瞬間が原因となる。その連鎖が永遠につづいていく。

「座右のニーチェ/齋藤孝」幻冬舎文庫

「過去と未来とが手を繋いで結んでいる」で
未来を意識しながら今を生きることが
とてもイメージしやすくなりました。

大河になりたい

これの記事を書いている前日に
私はものすごく怒っていました。

  • あなたは平凡だ
  • 存在感がない

知人に好き勝手言われたからです。

平凡な自分にコンプレックスがあるため
イライラしていたのかも知れないけれど。
そのときに思い出した言葉がこれです。

「まことに、人間は不潔な河流である。われわれは思いきってまず大河にならねばならぬ。汚れることなしに不潔な河流を嚥み込むことができるために」

「座右のニーチェ」齋藤孝 幻冬舎文庫

もしも何か小言を言われても、
自分自身の精神面が汚れるべきではない。

「すべて呑み込んでやるぞ!」
という意気込みで向かいたいです。

とっさに使いこなせる言葉を増やす

いっさいの書かれたもののうち、わたしはただ、血を持って書かれたもののみを愛する。……血と寸鉄の言で書く者は、読まれることを欲しない。そらんじられることを欲する。

「座右のニーチェ」齋藤孝 幻冬舎文庫

教養とは本をどれだけ読んでいるかということ以上に、どれだけ引用できるかということ。いくら膨大の量の書物を読んでいても何一つ引用できない人は、エネルギーを無駄に使っているとしか思えない

「座右のニーチェ」齋藤孝 幻冬舎文庫

この言葉に出会ってからの私は
漠然とした読書をやめました。

  • 自分の糧になる文はどこか
  • 感情のフックに引っ掛かる文はないか

「使いこなせるように」と意識しながら
読書とその後のアウトプットを心がけています。

名言をとっさに引用できる
その域まで到達できれば
その言葉は自分のものになっているはず。

アウトプットを意識すれば
インプットの仕方も変わってくる。

おわりに

今回のまとめ
  • 過去と未来が手を繋いでいる
  • 大河でありたい
  • 言葉を引用できるように読書する

ご覧いただきありがとうございました。
ぜひこれから読書される際には
「引用する」を意識してみてください。