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ショート小説コンテスト『運動会~見せ物~』

ピストルの音と共に第一走者が走り出す様子を、体育座りをした第三走者の俺が眺めている。運動会の最終種目は男子に一周二百メートル×四人のリレー。この勝負で優勝が決まるのだ。
リレーは花形競技だ。このスピード感で競っている様子を見て、観客たちはとても楽しく、頑張っている様子を応援していたいと思うだろう。
第二走者が最後のコーナーを曲がり、こちらへ戻ってくる。彼は野球部、クラスでも一、二を争う足の速さだった。第一走者と第二走者、二人の活躍により、俺たちのクラスが二十メートルほどリードしていた。俺は重い腰を上げて、バトンを受け取る位置に着く。
「頼むぞ!」
走りながら応援をするなんて器用なやつだな、と思いながら黄色のバトンを受け取る。

緊張で手が震えていたらバトンミスもあったかも知れないが、俺には気負いなど全くなかった。ただただ前を向いて必死に走る…だが二十メートルあったリードは、俺が五十メートル走るうちに全てなくなってしまい、あとはただただ追い抜かれるだけとなった。

運動会は子供と使った大規模な見せ物だ。一生懸命になって何かに取り組む様子を保護者含め近隣住民にアピールする機会。先生達も自分たちが素晴らしい行事を行っていると再確認できるのである。
おそらくこんな風に足の遅い俺が後ろから全ての走者に追い抜かされる様子も、一生懸命であることに意味があって美しいと勘違いするのだろう。第一走者とアンカーは目立つと思って第三走者になることを選んだけれど、この展開も予測はできたはずだと反省していた。

俺が見せ物になっているのは、大人相手だけではなかった。
一年生の前を走る。「何故あの先輩はこんなにも足が遅いのに、リレーの選手に選ばれたんだろう」と不思議な表情をしているやつもいた。仕方ないのだ。俺だって本当は個人が目立たないムカデ競争に出たかったが、じゃんけんに負けてしまったから仕方なくリレーに出ているのだ。
二年生、自分のクラスの前を通る。あいつら俺を見て嘲笑している。もっと俺より足が速いやつなどいくらでもいるのに、なぜ俺にリレーをやらせるんだ。どうせお前らはこの後で「あーあ、お前のせいで負けちまったよ」などと馬鹿にするのだろう。くだらない。
三年生の前を走る。運動会は各学年から一クラスずつ選ばれる縦割りで団を結成する。俺の所属する黄団の三年生は…こっちを見て、俺のことを応援してくれていた。先輩達に取っては最後の運動会だと考えると申し訳なくなった。

残り五十メートル、三年生の次は保護者達のいるエリアだ。知らない大人達は微笑ましいと思いながら、頑張って走る様子を見ているのだろう。俺は一刻も早くこの時間を終わらせたかった。
「頑張れ!」
母親がいた。去年は来なかったくせに今年は何かあると思ったのだろう。絶対に来るなと言ったことで怪しまれたかも知れない。足の遅い息子がリレーで必死に走るも皆に追い抜かされる様子を見て、俺の母親はどう思うのだろうか…

最終コーナーを曲がる。他のクラスは既にバトンパスを済ませている。うちのクラスのアンカーは陸上部だがおそらく逆転は難しいだろう。それでも俺は少しでも早くバトンを渡そうと必死に走った。

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