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ショート小説コンテスト『壁~意外と簡単に~』

季節は春、といっても桜は散ってしまった5月だ。父親の仕事の影響で片手では数えきれないくらい転校を繰り返している。どうしてこのタイミングで、などと父親に尋ねたとしても「仕事だから」としか答えてくれないのだから私にはどうしようもない。

今までのグループはバラバラになり、また新しいクラスとなって始まる4月。その不安定なお互い探り合いの期間に転校していたら、私だってクラスメイトと仲良くなる努力をしてだろう。しかし、今はもう5月。小さな存在の一人一人が集まって、大きな壁を成している。一度できてしまったその壁はなかなかに強固なものであり、入り込む隙間は見つからない。

転校初日、異質分子の私に対してテンプレートのような質問が飛んでくる。
「前はどこに住んでいたの?」
「もともと出身はどこなの?」
それに対してこちらも、お手本のような会話を繰り返すのだ。

壁を感じた。転校生という異質なものを警戒する壁だ。みなせっかくできたグループをわざわざ作り直すようなことはしたくなさそうだった。彼らは自分達のグループを守る壁の向こうから話しかけているのだ。
別に問題はない。こちらだって一人になる覚悟はできている。私は机の両端に教科書を重ねた、それもなるべく分厚いやつだ。わずか数センチの紙の壁を、物理的な壁を作った。クラスメイトへの意思表示である。
最後に、イヤホンを装着して、私の作る強固な壁は完成した。あんまり人気はないけど、私が大好きなバンド、自分がどこへ行くときにも欠かせなかった。
イヤホンをつけたことで大きな壁ができた。後はこの鉄壁を休み時間の数分間、いや、再び転校するまでの数ヶ月守り通せば良いのだ…

トントン、と机を叩く生徒がいた。私が机の両側に作った教科書の壁を避けて、真正面から乗り込んできた。私がせっせと作った壁を見ても、まだ話しかけてくるというのだ。なかなかの面倒なやつだと思った。
「なに?」
「音、漏れているんだけど」
教室中の壁の隙間から、こちらの様子を伺っている。彼女はこの教室内にある秩序を守るために壁の近くまで来たのか。
「ああ、ごめん」
私は音楽プレイヤーを取り出し、音量を少しだけ下げた。そしてまた自分の壁を守るために、イヤホンを装着しようとしたところでもう一度話しかけられた。
「あなたもそれ聴くんだ」
「えっ?」
イヤホンをつけようとしていた私の手が止まった。
「私も好きなんだ。サインも持っているし」
「本当に!? 見たい!!!」
狭い共通点を見つけて話しかけてくれる人がいて急に嬉しくなった。この人ともっと話したいと思っていた。
案外、壁なんて私が思っているよりも、意外と簡単になくなるものかも知れない。

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