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ショート小説コンテスト『タータンチェック~絆~』

「それじゃあクレアもやってみなさい」
そういうとお母さんは鈎針付きの糸を渡してきた。
私はそれをあらかじめ取り付けられた12本の糸の間へとゆっくり通していく。
通常、タータンチェックの編み込みでは、縦糸2本ごとに横糸が潜り抜けていくものであるが、今回はすでに横糸が固定されている。だから白い横糸2本ごとに縦糸を潜らせるようにしていた。

緊張で手が震えている。何度も針が横糸に当たってしまい、心の中で何度も「ごめんなさい、ごめんなさい」と唱えていた。しかし周りの大人たちは私の気持ちなど理解するはずもなく、母親は「そうよ、その調子よ」と私を応援するような声を掛けてきたので、気味が悪いと感じた。

なんとか一列分の糸を通し終えたとき、お母さんが後ろから私の肩を抱いて言った。
「クレアに編んでもらえて、天国のおばあちゃんも喜んでいるわ」
私は死んだおばあちゃんの肋骨に糸を通した。

タータンチェックの中にはクラン(一族)ごとに固有のパターンを持つクラン・タータンと呼ばれるものがある。簡単に言うと、その家ごとのタータンチェック柄がある。その家の家紋と同じで、大事に扱われている。
この国の中でも私達の家は特殊だと思う。身内が死んだときには白骨化をさせた後で、肋骨に一族特有のクラン・タータンを編み込んでいる。その理由は天国に行っても自分がどの家の人間がわかるようにするためらしい。死装束では途中で脱げてしまうかも知れないので、身体に直接編み込んでいるのだ。
“だと思う”というのは、これが他の家系には言ってはならない規則だから。私の推測だとこの家と同じでクラン・タータンに白色の横線が入っている家系はこのしきたりに沿っているんじゃないかと思う。学校のみんな不自然に白く塗られた肋骨に糸を通しているのかと思うと同情してしまった。

私はこの習慣が嫌いだった。すごく気持ち悪かった。
おばあちゃん(だったもの)の肋骨の間に糸を通そうとするが、緊張で手が震えてしまい何度も針を当ててしまう。私は「ごめんなさい、ごめんなさい」と心の中で繰り返した。もうこれはおばあちゃんだと思う方が難しい。もう死んでしまったおばあちゃんは針が刺さっても痛くないだろうけど、私は罪悪感でいっぱいだった。糸は少しずつ編み込まれていった。できることならこの様子を天国のおばあちゃんに見られたくないと思った。
肋骨の間に糸を通すとき、赤い糸が動脈のように思えた。何だか死んだおばあちゃんの身体をまた生き返らせようとしているみたいで、なんだか悪いことをしている気持ちになった。
私の家系のクラン・タータンは、赤色が多く含まれている。だからたくさんの赤い糸を使う。編み初めたときは、白い糸の存在が圧倒的だったけど、編み込んでいくうちに、赤い色が目立ってきた。動脈だと思っていた糸は、いつのまにか血液そのもののように見えていた。私は「それならもっと肌の色に近づけて欲しいな」と思った。
「これで、完成ね」
12本の肋骨に赤を中心とした様々な色の糸が編み込められた。
おばあちゃんの身体は真っ赤になった。
こんなしっかり縫い付けられたら、おばあちゃんは天国でも伝統に悩まされるのだろうな、なんて思うと少しだけ不憫に思えた。

私はどこか遠くで、一族の絆などと関係のないところで、死にたいと思った。

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