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ショート小説コンテスト『プール~見えたもの~』

「おとうさん、プール!」
「わかってるよ」
「すげえ、おおきい!」
「だから、わかってるって」
息子をプールに連れてきたのは初めてだった。
小学校では何度か入っていたようだが、
民営の大型温水プールを目の前にした息子は
大騒ぎだった。
「おとうさんみてて!」
息子が勢いよくプールの中に飛び込む。
その瞬間、ピピピッ、と大きな笛の音が響いた。
「そこ、飛び込まないで!」
監視員の男性がすぐにこちらへ来て注意をする。
だが当の本人は飛び込んだ勢いそのままで水中を
スイスイと泳いでいく。
そういえば息子が泳ぐ姿を初めて見た。
どうやら泳ぎは得意なようだ。
俺は遠くに行ってしまった息子の代わりに謝っておく。
「すみません……」
「しっかり注意しておいてくださいね」
そう言いながら監視員は再び50m先にある
元の監視台まで戻っていった。
あんな離れた位置から飛び込む様子が見えていたのか、
と視野の広さに驚いた。

「おとうさん!」
いつのまにか遠くに泳いで行ったはずの
息子が私の元へと戻ってきていた。
「おとうさん、もぐって!」
「ん、なんだ?」
「いいから!」
息子に急かされながらゆっくりとプールへ入り、
水中に身体を沈める。潜るとは思わなかったので、
ゴーグルを持って来ておらず目を瞑ってしまう。
慣れてゆっくりと目を開けると…尻があった。
張りのあるお尻で、ビキニに収まらない部分は
はみ出して露出している。私はすぐに立ち上がり、
お尻の持ち主を確認した。おそらく二十歳前後だろう、
顔は可愛くも不細工でもなく普通だった。
水中に潜って若い女性のお尻を見ることなど、
プールでしかできないだろう。
息子はまだ小学生なのにこんな世界を見つけたのか……

「おとうさんみた?」
「ああ、見たぞ」
「あしがいっぱいでなんだかイカみたいだね!」
「……ああ、そうだな。イカみたいだな」
ぎごちなく笑った私は自分の不純な心構えを恥じた。
すでに顔は濡れていたが、自分を戒めるために水を掬ってバシっとかけた。
「おとうさん、プールのみずはかおをあらうためじゃないよ」
「ああ、そうだな」
「おとうさん、べつによごれてないでしょ?」
息子の問いかけに引っかかり、言葉につまってしまった。
私はもう水中に潜ることはしないと決めた。

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