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ショート小説コンテスト『望遠鏡~親子で~』

晴れた日の夜には無数の星が輝いている。それは人間が作り出した光の多くを排除できたからこそ見られるものだ。私は望遠鏡を通してこの星を眺める度に都会を離れて良かったと思う。
しかし、息子はそうでもない様で、いつも「ここはつまらない」とばかり呟いている。父親である私に付き合わされて田舎へと引っ越すことになったのだから。
「なあ、ちょっと見てみないか?」
「別に、いい・・・」
参考書から目を離さないまま返事が来た。こんな会話を毎日繰り返している。息子は十五歳。受験生でもあり、反抗期でもあった。

ある日のこと、いつもより私が早く仕事から帰ってきた。と言っても普段が二十三時、でこの日は二十一時という程度。鍵を開けて自宅に入る。
「ただいまー」
返事はない。遠くでシャワーの音が聞こえる。おそらく妻がお風呂に入っているのだろう。私は夕食を摂るためにリビングへ向かうと…望遠鏡を覗く息子がいた。
サッと反射的に隠れてしまう。なんとなく見てはいけないものを見てしまったような気がしていた。再びおそるおそる中の様子を見てみると、やはり望遠鏡を使って星を眺めているようだ。昨日私が見たあとに、レンズを外して折り畳んで片づけた筈だから、おそらく息子一人で組み立てて、レンズを取り付け、ピントを合わせたのだろう。この分だと習慣的に天体観測をしているのだろう。
星を眺める息子の顔は真剣な顔をしていた。普段星の眺める私に対して興味なさそうにしている顔ではなかった。望遠鏡を覗きこむ息子はとても無防備に思えた。
背後から、お風呂あがりの妻が出てくる。
「あら・・・」
「しーっ」
妻に対しても私の存在を息子に隠すよう協力を求めた。
「いつからやってたの?」
「さあ、一ヶ月前くらいだったかしらね」
「なんで?」
「『完璧に観られるようになって父さんを驚かすんだ』ですって」
「・・・」

「ただいまー」
「おかえりー」
「おかえり・・・」
私は家の外で煙草を一本吸って時間を潰してから再び扉を開けて、たった今帰って来たかのように振舞った。息子の影の努力を壊したくなかったからだ。
「どうだ、今日は一緒に星を見ないか?」
「いい・・・」
私が望遠鏡を組み立てるそばで勉強している息子は、参考書から目を離さずに返事をしている。今晩からは息子に見せるように観測をしようと決めた。

遠くない未来に、二人で星を観測する私と息子が見えた。

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